プロフィール

 

はじめまして。サイト運営者のマエダです。

この度は当ブログをご覧いただきありがとうございます。

 

ここでは、詳細なプロフィールと輸入ビジネスを始めるに至った経緯、

また、これまでにビジネスで挙げてきた実績について書いていくこととします。

 

それではまず、簡単な自己紹介をさせていただきます。

 

名前:前田 永世(マエダ エイセイ)

年齢:25歳(1995年 / 平成7年式)

出身:長崎県諫早市多良見町

血液型:AB型

好き:旧車(街道レーサー)/ REBECCA / 小泉今日子 / BOOWY / 昭和の日本文化 / 神社

 

実績紹介

2019年2月から、副業で「個人輸入ビジネス」を0からスタートし、5ヵ月後の
2019年8月には、売上:41万 利益:12万を達成しました。

 

更に3ヵ月後の
2019年11月には、売上:41万 利益:20万を達成しました。

 

月利で20万円を超えたこの頃には、本業として独立し、
輸入ビジネスだけでも生活していけそうだなという自信がついてきていました。

 

実績を言うだけなら誰でもできるので、
以下に証拠として売上と利益を掲載致します。

 

 

こちらが売上・利益の実績になります。

 

【2019年8月】

月利:12万円

 

ヤフオク売上 (残りはメルカリで販売)

 

 

 

【2019年11月】

月利:20万円

 

ヤフオク売上 (残りはメルカリで販売)

 

 

 

 

その後も順調にビジネスを発展させ、
2020年9月に、個人事業主として独立開業(起業)をすることができました。

 

 

もしかしたらこれを読んでいるあなたは、

「本当かよ?なんか胡散臭いし怪しいな。」

そう思っているかもしれません。

 

何故なら以前の私も、パソコン1台で稼げるなんて
そんなこと絶対ありえないと思っていましたから。

 

しかし、私がゼロからビジネスに取り組み、
実現することができた紛れもない事実なのです。

 

ですが、副業の期間に相当な努力をしてきたのもまた、事実です。
そのあたりは、これから追って話していく事とします。

 

 

借金200万円の社畜が、ビジネスで奴隷から解放された

実はこのビジネスに出会う直前まで、私はカードローンによる借金が200万以上あり、
完済するために、毎日13時間以上、現場仕事で汗水を流しながら馬車馬のように働く、

控えめに言っても「社畜」であり、いわば奴隷でした。

 

しかし自分で輸入ビジネスをスタートしてから1年が経った頃から、
会社からの収入のみには依存することがなくなりました。

 

そのおかげで、会社からの給与にプラスとして毎月10万円以上のお金を稼げるようになり
資金にも余裕ができて、カードローンで作った借金200万円も全て返すことができたのです。

 

そして経済的ストレスから解放され、これまでは闇に閉ざされていた真っ暗闇の
社畜の世界から、将来への一筋の希望に光が僕の人生に降り注ぎ始めました。

 

 

僕のブログにたどり着いたということは、

今のあなたは

 

現状の仕事に対しての不満を持っていたり…

収入が足りなくて毎月の生活費がきついからもう少し増やしたかったり…

通勤をあわせると13時間以上も会社に縛られているから、
本当はもっと自由な時間を増やしたかったり…

 

そんな現実がお有りではありませんか?

 

以前の僕が、まさにそのような状況で、輸入ビジネスに出会いましたので
なんとなくそんな気がしたのです。

僕は、輸入ビジネスに出会ってからというもの、
藁にもすがる思いで全力で取り組んでみたら、人生が180度逆転しました。

 

 

・経済的な自由 ・・・(毎月の所得が増えて、お金のストレスからの解放)

・時間的な自由 ・・・(会社への依存がなくなり、通勤ラッシュからの解放)

・精神的な自由 ・・・(嫌な人と付き合わないで済み、ストレスフリーな生活)

 

副業からでも、自分で自分のビジネスに取り組み、新たな
キャッシュポイントを作っていくことで、今までではあり得なかったような
多大なる自由を手に入れることは…

あなたにでも、やる気と覚悟があれば絶対に可能です。

 

なぜ、ハッキリ断言できるのかと言いますと、
元々借金が200万以上もあり、特にスキルや才能が無かったこんな僕でも・・・


一定の期間努力をして、輸入ビジネスに取り組んだことで、
会社以外からの収入を得られるようなり、望んでいた
3つの自由を手に入れることができたからです。

 

僕は、自分でビジネスを行うことにより、自分の行動力次第で、
収入のレベルというはいくらでも上げられるんだ!と、

 

個人で稼げる月収に、20万~30万などといったような
上限値が存在しないんだ!と、

そんな、今ではごくごく当たり前と思えるようになった
このような事実に気付くことができました。

 

複数の収入源を持つことによって、会社だけの収入に依存しなくても
生活できるといった精神的な自由を掴むことが出来ます。

 

以前は何事にも後ろ向きで、経験がないから「自分には出来ない」
と思っていましたが、実際にビジネスで成果を上げてからは

 

「自分にはどんなことでも出来る!」

 

という考え方に変わり、どんなことにも前向きに取り組み、
あらゆる物事において良い方向へ進められる人間になりました。

 

このように、自分の中での小さな成功体験というのも、
人生を成功に導くための、一歩目の行動を生みだす
1つのカギなのではないかと思います。

 

輸入ビジネスが、僕を大きく成長させてくれました。
そしてまた、これからも輸入ビジネスに限らず、あらゆるビジネスが
僕をより大きく成長させてくれることでしょう。

 

人生の第一章

好奇心旺盛な幼少期から高校に入るまで

両親に聞くところ、2歳のころにはすでに親のクルマのハンドルを回したり

物心がつき、言葉を喋れるようになると

街中を走っているクルマの車種をすぐに覚えて、

見事に言い当てていたという程の根っからのクルマ好き。

 

クルマを運転する親の姿をみて、

「大きくなって早く自分もクルマを運転したいなぁ!」と思いながら早16年。

 

地元の公立小学校、中学校へと通い、いよいよ高校入試。

 

みんなは自分が所属している部活が強い学校などを志望する中、

自分はある観点から1つの志望校をマトに絞っていました!

 

実習の授業でクルマのエンジンの分解、組立が出来るという

地元の県立工業高校の機械科です!

 

どうしても合格したかったのでここぞとばかりに必死に勉強して、無事入学!

 

しかし実際に蓋を開けてみると、クルマに関する授業というのは全体の1割程度で、
工業製品や、金属や鉄についての基礎知識などの座学がメイン。

実習以外は興味が無さすぎて眠たくなるような授業ばかりでした(笑)

 

夜中に地元の先輩方と遊ぶことが増えたこともあり、
授業中は殆ど寝て過ごす日々を送っていました。

 

深夜徘徊に明け暮れた学生時代

当時は、学校が終わると地元のワルい先輩たちから招集がかかり、

そのまま先輩ん家に行ったり、指定された集合場所へと向かっていた。

 

深夜12時を回ると、先輩の「行くぞ!」のひとことで

いつも恒例の儀式が行われていた。その名も「リアル鬼ごっこ」

 

※リアル鬼ごっことは…

「〇〇町付近でバイクが「ブンブン」うるさいから捕まえてくれ!」
と自ら警察に通報して、

実際にその〇〇町に出向き、実際に警察から追われるという
リアルな鬼ごっこを繰り広げる極めてアホなゲームである。

(地元のお巡りさん、当時はホントに申し訳ありませんでした)

 

リアル鬼ごっこが出来ない雨の日は地元のゲーセンにたかって
1晩中遊び明かしたり、朝まで酒を飲み明かしたりしていた。

全てが新鮮で、全てが刺激に満ち溢れた日々が、当時はホントに楽しかった!

 

しかし、そんな事をしているうちに高校の3年間、「青春の1ページ」は
あっという間に過ぎ去っていきました。

 

田舎特有なのか、はたまた土地柄かはわからないが、
昭和の縦社会的な文化がまだ強く根付いており

上下関係、礼儀作法、言葉遣いに関しては、
この先輩方から愛のムチを受けながら徹底的に学ぶこととなりました。

 

まあ、そこはよかったのですが、夜通しで朝が来るまで
毎晩遊んでいたものだから当然、学業はおろそかに。

高校には睡眠を取りに行っているようなものでした。

 

入学時の成績はクラスの中で上位だったのが、卒業時にはクラスで最下位に。

そして私が在学していた工業高校は、就職率99%なのにも関わらず、
成績・素行ともに最悪だった私は、就職先を斡旋してもらえなかったので・・・

(夜中に遊びふけった自分のせいです)

 

ハローワークに自ら求人を探しに通い、地元にある「自動車の板金塗装屋」さんの求人を発見!

クルマに対する情熱を面接で熱く語り、なんとか就職内定をGET!

 

悪さをして謹慎を受けたり、「お前みたいなろくでなしは学校から出ていけ!」
と言われる始末で、退学の危機もありましたが

生徒指導の先生の助けなどもあり、どうにかこうにか卒業し、
いよいよ夢に見た社会人生活のスタートです!

 

卒業後はすぐにクルマの免許を取得し、準備も万端。

「たくさんお金を稼いで、好きなクルマに乗ったるぞ!」

そう心を躍らせて、就職に対して希望を胸に抱いていました。

 

理想と現実のギャップ

さあ、いよいよ社会人1年生!

私が就職先に板金屋さんを選んだ理由としては、
“クルマに関りながら仕事をしてお給料を貰える” というこの1点のみでした。

 

業務内容としては、お客さんが事故をして凹んだり傷ついてしまったクルマのボディを、

「板金職人」が元通りの姿に形成し、続いて「塗装職人」がスプレーガンを用いて塗装をし、

見事事故前の元通りの姿に復元するという工程。

学生時代に、趣味で、よく自転車やバイクを缶スプレーで塗装していたこともあって、

業務内容も入ってきやすかったし、なによりクルマを触りながら仕事が出来る
板金屋さんは、自分に合っている最高な仕事だと思っていた。

 

しかし、しばらく続けてみると、そうも思えなくなってきました。

 

[週6勤務の日曜休みで、13時間の実労働で日給は5000円]

月収にすると13万円程度。

 

仕事内容こそ良かったものの “労働時間に対する賃金の低さ” は著しいものでした。

俗にいうブラック企業ですね。

 

周囲の友達との会話の中で、給与やボーナスの話になり

「初任給20万貰った」とか「ボーナスが30万入ってた」

というのを聞いたとき、はじめて “自分が貰っている給与は時間に対してかなり少ない” 

という事実に気づき、それから程なくして板金塗装屋さんを退職しました。

 

その後は転職を続ける日々が続きました。

繋ぎで食品工場の夜勤で働いたり、アイスクリームをスーパーや商店に納品する配送業をやったり

水道管工事の土木作業員をやったり、ソーラーパネルの設置など

自分が好きなこと、やりたい仕事に行きつくまでとことん転職しました。

思い返せば3ヵ月や、半年スパンで職を転々としていましたね。汗

 

転職に転職を重ねた日々

 

書き起こして一覧にしてみると18歳~24歳までの間に経験した職種はなんと9業種

・自動車の板金塗装

・某食品会社の夜間工場のライン作業

・アイスクリームの卸売業

・土木工事

・水道配管工

・船の防熱シート貼り

・ソーラー太陽光パネルの取り付け

・某飲料メーカーの自販機補充員

・船舶塗装業(船の塗装)

・パソコンの設置

・自動車教習指導員

 

当時は、とにかく時給が良い仕事をしなければ、人生の時間がもったいない。

 

そして、自分が楽しいと思える仕事を見つけようと考えていたので、
職歴に傷が付くとかいった事はどうでも良いと思いながら転職に転職を重ねてゆきました。

 

こんな生活を続けていた私に対して、両親からは

「あんたは定職にも付ききらんで、プラプラしてからなんばしよっとね?」

「いい加減、正社員で勤めて安定せんばダメぞ」

「周りば見て見ろ、みんなしっかり定職に就いて働きよるやろうが」

このような事をよく言われていました。

 

世間体を気にする上では当然の事だと思います。

 

 

人生の第二章

インターネットビジネス出現

そんな中、私が最初にインターネットビジネスという存在を知ったのは21歳の時でした。

当時、配送の仕事をしているときに
トイレをしようとコンビニに立ち寄った際、
雑誌コーナーを眺めていると

 

「個人輸入でラクして月収100万円」

 

たしかこんなタイトルの雑誌だったかな。

突如私の目にとびこんできました。

 

当時、 クルマにお金をかけていて、
カードローンでつくった借金が100万以上あった私は、

このまま月収23万円の仕事だけを続けていても、
完済してしまうまでにはとてもとても時間がかかってしまう。

なにか良い方法は無いだろうか?と
お金を稼ぐ方法というものにアンテナを張っていたので、

「月収100万円」という単語に吸い寄せられるかのようにその雑誌を手に取った。

 

私はこの時、人生で初めてインターネットビジネスの存在を知りました。

 

最初に見た時「胡散臭いな」や「月収100万円なんて無理だろ」とか、

「お金は欲しいけど、実際には本を買って貰う為のうたい文句で、凡人の俺には無理だろうな」

 

とか色々な考えをめぐらせつつも、

「とりあえず見てみるか!」と、本を手に取り内容を見てみました。

 

すると、

「商品を相場より安く買い付け、ネットオークションやAMAZONで高く売る」

という手法で

「意外とシンプルで簡単そうだな!」と思ったのを覚えています。

 

その後帰宅してから実際にパソコンで、輸入について
色々と調べて色んな方のブログを読み漁ると、
たくさんの方が有益な情報を提供してくれている事実を知りました。

そしてひと口に輸入といっても、いろんな輸入ビジネスの手法があるんだなと
興味が広がり、たくさんの情報をかき集めてみた。

 

早速、とある方から「中国輸入ビジネスで月収100万を稼ぐ方法」という
有料教材を購入して、商品リサーチ作業などに取り組んでみました。

 

しかし、モチベーションが続かずに仕事から疲れて帰ってきてから
この作業を、毎日継続することができず

「中国輸入ビジネス」では実際に利益を出すことが全然できませんでした。

 

この時、稼げなかった原因は今だからわかりますが、
教材の内容が悪かったのではありません。

先日、改めて教材の内容を見返してみて確信しました。

稼げなかった時の私は、マインド、考え方自体に問題があったのだと。

 

今だから分かることですが、やはり前提条件として
最初にちゃんと時間をかけて努力をした事が前提での「ラクして稼げる」なのです。

この頃の私自身は「ネットビジネスはラクして稼げる」と、
そんな先入観をもって始めてしまった為に挫折してしまったのですね。

 

そしてこの「ラクして稼げる」という先入観が強すぎたがため、
私は作業を継続できず、結局「1円」の利益をも出せないまま…

その後もまた、会社員としての単純労働だけで長い時間が経過していきました。

 

ebay輸入との出会い

 

気付けばネットビジネスの存在を知ってから2年の月日が経過していた。

 

「借金を返さなければ・・・」

「趣味である車に乗り続けたい・・・」

「もっとお金を稼ぎたい・・・」

 

毎日このような思いをめぐらせながら現場で汗を流してあくせく働いていました。

 

日々の仕事に追われるうちに、ネットビジネスという
存在そのものを忘れかけていたある日

クルマの部品をオークションで売りたいなと思って、
売り方を調べている時、とあるサイトにたどり着いた。

 

そのサイトを深堀りしてみていくと、
輸入ビジネスについてのノウハウについて書かれている記事があり、

読んでみると、とてもわかりやすくまとめてあるうえ、
文面からもユーモア性が見え

「良い人そうだな」という人柄が伝わってきたので、
直接メールを送り連絡を取ってみました!

 

これが現在もお世話になっている、
私にebay輸入を教えてくれたメンターとの出会いであり、
「ebay輸入ビジネス」との出会いでもありました。

 

人生を大きく変えるべく、コンサルティングを受けることを決意!

そして2019年3月から本格的に「ebay輸入ビジネス」をスタートしました。

 

「今回は結果を出し、もっと多くのお金を稼いで借金を返済し、自由な生活を送るんだ!」

 

と、決意し、コンサルスタートしてからは、狂ったように作業に取り組みました。

 

「ebay輸入ビジネス」とは、
利益海外の大手オークションサイト「ebay」から商品を個人で輸入して、

輸入した商品を、国内最大級のオークションサイト
「ヤフオク」に出品、販売をして、利益を得ていくビジネスです。

 

メンターと音声通話やチャットでやりとりをしながら、
修正点を指摘していただいたり

擦り合わせを行いながら日々の作業を愚直に頑張ったところ

 

以前、中国輸入ビジネスに1人で取り組んだ際は1円も稼げなかった私が

それから半年後の2019年8月には月収12万円を稼げるようになり

さらにその3ヵ月後の2019年11月には月収20万円を稼ぐことができました!

 

しかも月収が上がっていくにつれ1日の作業時間はどんどん減っていき、
現在では1日2時間程度の作業で利益を得ることができるようになりました。

 

ネットビジネスの存在を知り、取り組み始めて2年間稼げなかった自分が

1年以内にこれだけの金額を稼げるようになるなんて、
3月にスタートした時点では思ってもみませんでした。

 

インターネットサーフィーンやYOUTUBE鑑賞が出来る程度の
PCスキルしか持ち合わせていなかったこんな私でも

ちゃんと正しいやり方で取り組むことによって結果を出すことができた
「ebay輸入ビジネス」の再現性の高さには正直驚きました!

 

もちろん、実際に稼げるようになるまでの半年間は右肩上がりの一筋縄ではいきませんでした。

作業を行っていく上でのモチベーションの上がり下がりもありましたし、

利益計算をミスして商品を間違えて仕入れをしてしまい大赤字を出したり、

偽物を仕入れてしまったりして、アメリカ本国へ返送したり。

写真と実物のイメージが違うから返品する!返金してくれ

というお客さんもいました。

 

多数のトラブルにもぶち当たり、何度もくじけそうになりましたが、

以前の反省から

 

「何が何でも、今度こそは必ず結果を出す!」

 

と強く心に決めていたので、作業の手を止めることなく結果を出すことができました!

さらに、稼げるようになるまでのロードマップを、
メンターさんがハッキリと見せてくれていたので

やみくもに取り組むのではなく、しっかりと見るべきポイントを
押さえて作業を進めることができたのも大きかったです。

 

今では、パソコン1台で収益を得ることができるようになり、とても自由な生活を送っています。

 

好きなことして生きていく

 

私がメンターから学び、導いてもらったように、

今度は、このブログを読んでくださっているあなたに伝えていく番です。

 

私がビジネスを行ってきた上での多数の悩み、苦悩を乗り越えてきた方法を
出し惜しみなくシェアしていきます。

すでにebay輸入ビジネスの存在を知っているあなたは、私のようにムダな遠回りも
挫折もすることなく最短で稼げるはずです!

 

何故なら、ebay輸入ビジネスで「月収10万円」を稼げるようになるまでの
具体的なステップを、このブログだけで学ぶことができるからです。

あとはあなたの行動力しだい。

 

「やるか、やらないか」

 

ebay輸入ビジネスに出会ってからの私の生活は一変し、本当に豊かなものとなりました。

 

このビジネスに出会うことが無く以前の生活を続けていたと考えると正直ゾッとします。

朝6時に起きて、急いで準備をし、8時~18時まで週に6日間馬車馬のように働き

週に一度のお休みはあっという間に終わり、
日曜の夕方になると明日からまた1週間仕事が始まるのかと憂鬱な気分。

また月曜日の朝の出勤時間を迎える。

 

このアリ地獄のような単調なルーティーンを繰り返すだけの生活スタイル。

毎月の借金返済に追われ、遊びにいく余裕もない日々だったはずです。

 

今では、ビジネスで収益を出せるようになったことでお財布にも余裕ができ、
自分のやりたいことをできる日々を送れるようになりました!

 

ビジネスを始める前までは考えられなかった、
4泊5日のタイ旅行(初の海外旅行)にも行くことができ

 

お金と時間を気にせず、1泊2日で岡山県まで遠征してクルマのイベントに行ける様になったり

 

平日の自分が好きなタイミングで休みを取ってバイクでツーリングに行けたりと

 

人生の充実度が一気に高まりました。

 

 

さいごに

 

今、あなたは仕事は楽しいですか?

「楽しくないが生活のため、家族を養うために眠たい目をこすり早起きして仕事に行っている」

のではないでしょうか?

 

人は好きな事以外をしている時間を自分が思っている以上に内省的には苦痛に感じる生き物です。

そして、私たち人間は本来は自由に好きなことをして生きて良いはず。

 

しかし、この資本主義社会においては、ごはんを食べるにも、好きなことをするにも、
人間が生活をしていく上において必要なのは何といっても「お金」です。

 

そしてその「お金」を稼ぐためには、
平均的には「週5~6日 / 1日8時間の労働」を行わなければならない。

 

このような固定概念があるのではないでしょうか?

実はこの固定概念があなたを苦しめているのです。

 

あなたがこの固定概念が間違っていたことに気付いたとき、

このアリ地獄のような矛盾に隠されたカラクリに気付いたとき、

本当の意味で精神的、経済的、時間的に自由になることができると確信しています。

 

 

私は、ワンクリックで100万だとか、簡単に稼げるなんて言うつもりはありませんし、

そういった稼ぎ方は無いこともないですが、目先の利益だけを追い求める
ビジネスは極めて短期的で、一時的な収入に終わる例がほとんどです。

 

2020年アフターコロナの世界においては、個人が大きく力を持つ時代になっていきます。

短期的な収入ではなく、長期的に稼ぎ続ける力を身に着けて、更にはお金だけを得るのではなく
知見を広げて人生を豊かにし、幸せに生きていくための思考法をも身に着けていくべきです。

 

これからも私は、このブログを通してこれまでに得てきた
ビジネススキルや思考のあり方についての情報を発信し、

個人でも、会社以外の収入を得ていける確かなスキルの磨き方を皆さんにも
広く知っていただき、1人でも多く自由で豊かな人が増えて欲しいと心から願っています!

 

最後まで、私の詳しいプロフィールをご覧いただきありがとうございました!

 

JUST A HERO 〜前田永世の上京起業物語〜
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